まい ふぉと ぶろぐ

主に富士山、風景、身近な花などの写真ブログです。

宝寿院の桜~市川三郷町② 



宝寿院の桜の続きです。







青空に桜が映えてきれいです。








本堂です。













鐘楼と桜です。



















天然記念物のコノテガシワだそうです。







同じく天然記念物のアララギです。







説明が書かれていました。







庭園です。

夢想国師の築庭だそうです。













鐘楼と桜です。






桜の向こうに八ヶ岳が見えました。








これで「宝寿院の桜~市川三郷町」を終わります。

ご覧いただきありがとうございました。

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宝寿院の桜~市川三郷町① 



(14:36)

2017年3月29日(水)

この日はまず身延山のしだれ桜を撮影に行ったのですが、

しだれ桜はまだ早くて、あまり咲いていませんでした。


祖師堂前のしだれ桜はまだほとんどつぼみでした。

それでも咲いている桜を撮影してから、市川三郷町の宝寿院の桜はどうだろうか?と、見に行くことにしました。

ここの桜は少し咲き始めているようだったからです。



カーナビをセットして近くまで行ったのですが、駐車場の入口が見つかりませんでした。

前にも来たことがあるのですが、やはり迷った記憶があります。



近くにドラックスーパーがあったので、中に入り店員さんに聞いてみました。

その時、ちょうどレジに並んだ30代くらいの女性が、

「近くに帰るので、私の車の後に着いて来てください。」と言ってくれました。



その方はお寺の門の側まで案内してくれました。

とても親切な方でした。

本当に助かりました。

ありがとうございます。



身延山の桜は早すぎてがっかりしましたが、


親切な方に出逢えたことと、宝寿院のきれいな桜を見れて、この日はとても良い日になりました。 



↑総門です。






桜が咲いていました。

うれしいです。


















境内に入りました。







しだれ桜です。

綺麗に咲いていました。


夢想国師お手植えのしだれ桜だそうです。

















しだれ桜の後ろに見えるのは鐘楼です。






綺麗ですね~






まだつぼみがかなりありますね。















六地蔵です。









宝寿院の桜~市川三郷町②に続きます。


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身延山(西ルート)登山⑤終(回想) 



歩いていると、下に小さなリンゴのような実が落ちていました。

リンゴにも似ているし、梨にも似ていました。

上を見ても生っている木が見当たりませんでした。

一体何の実なんだろう~?






(12:58)十一丁目と書かれた石柱がありました。

どこから十一丁目なんでしょうね?







モミジが黄色くなりかかっています。







山が紅葉していて綺麗です







雲の間から光の細い筋が漏れています。

とても素敵です。







(13:15)やっと七面山拝礼所に着きました。

ここは奥の院からわずかに下ったところです。







けれど残念ながら、七面山は雲で見えませんでした。







(13:18)奥の院に到着しました


ちょうど下の駐車場から4時間かかりました。


やはり東ルートより時間がかかりました。

途中から靴ずれが出来てしまいましたが、何とか登れました。

とてもうれしいです。







↑クリックで拡大します。


今日は富士山が見えています

この前は見えませんでした。







富士山を望遠で撮って見ました。

やっぱり綺麗ですね~







(13:51)食事をした後で、展望台に行ってみました。







↑クリックで拡大します。


遠くに見える山の名前が書かれています。







↑クリックで拡大します。


今日は北岳も見えました。

説明の絵に合わせると、手前の丸い山のすぐ後ろの三角な山が北岳だと思います。







(14:28)展望台のすぐ横にある奥の院に来ました。







上には祖師堂と書かれています。







順序が逆ですが、この階段を下りて来ました。




この後、ロープウェーで下に降りました。


4時間かかって登ったのが、たったの7分でした。


笑ってしまいました・・・


ロープウェーの中で、私たちが登山の服装をしていたので、誰かが登るのは2時間半かかるとか言っているようでした。

「それは表参道(東ルート)の事で、私たちは裏参道を登って来たんですよ」と言ってあげたい心境でした。









本堂です。

今日はお年寄りがたくさん来ているようでした。






五重塔と鐘突き堂です。






祖師堂です。







山の上に奥の院のロープウェーの駅が見えました。







これで「身延山(西ルート)登山」を終わります。

長い間、ご覧いただきありがとうございました。

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身延山(西ルート)登山④(回想) 



(12:00)参道です。

時刻はちょうど12時になりました。






↑クリックで拡大します。


(12:06)標識がありました。


追分感井坊へ34分とあります。

「え~!さっき30分と出ていたはずだけれど・・・」 

「まだ34分も先~!」

戻ってよく見たら約3~4分と書かれていました。

びっくりしました。 



この後、しばらく歩いて行くと、上の方で話し声が聞こえました。

若い女性が二人で降りて来ました。

きっと登りはロープウェーで上がり、下りだけ歩いて来たのだと思います。


今日初めて出会った人達でした。

「追分はもうすぐです」と教えてくれました。






余裕が出来たら、紅葉が特別綺麗に見えました。






↑クリックで拡大します。


木漏れ日の太陽です。

まるでダイヤのように輝いてみえました。






(12:15)やっと追分にある感井坊(かんせいぼう)が見えました!


ここまで下の駐車場から約3時間かかりました。

思ったより時間がかかってしまいました・・・






↑クリックで拡大します。


追分から富士山が見えました。






少し望遠で撮ってみました。

ここで富士山が見えるとは思わなかったので、感激しました






(12:16)ここが感井坊(かんせいぼう)です。


誰も住んでいないようです。

荒れていますが、以前は人が泊まったりしたのだそうです。











↑クリックで拡大します。


説明がありました。





↑クリックで拡大します。


案内の紙が貼ってありました。











写真の左奥を進むと赤沢宿に行くそうです。


昔は七面山に登るのには、身延山の奥の院にお参りしてからこの追分を通って赤沢宿に泊まり、七面山に登ったのだと思います。



もう10年くらい前になりますが、私たち夫婦が初めて七面山に登った時、(ここからではなくて角瀬からですが)一人のおばあさんに行きあいました。




角瀬地図


年は86才だそうで、一人で白装束で登っていました。


年も年ですから、とてもゆっくりゆっくりと杖を突いて登っていました。


七面山を登るのは意外と大変です。

当時今より若かった私でさえ、ハァ~ハァ~と息を切らしながら登りました・・・



高齢なのであまりにも驚いたので、いろいろお聞きしてみました。


おばあさんは、身延山の奥の院から赤沢宿に来て泊まり、そこからさらに七面山に登り始めたと笑顔で話してくれました。

本当に熱心な信者さんだったのだと思います。


私はとても感動したので、その時の事を新聞の「ひとこと」欄に出してみました。

その記事は何日か経って、新聞に載りました。



あの時のおばあさんは、この追分を赤沢宿に降りたのだと、今改めて思いました。


そして優しい顔のおばあさんの笑顔が、今でも懐かしく思い出されます・・・






(12:31)追分から先は、いよいよ身延山の奥の院を目指して登ります。






向こうに見える山が奥の院でしょうか?






木に赤い実がなっているけれど、マユミかな~?






参道はとても広くていい道になりました






↑クリックで拡大します。


山が綺麗に見えます。

鷹取山の後ろの山まで見えるようになりました。


笊ヶ岳(ざるがたけ)とかその近くの山だと思います。

いよいよ奥の院が近づいて来ると思うと、ルンルン気分になりました






↑クリックで拡大します。


(12:43)木の間から見える集落は、もしかして赤沢でしょうか?

望遠で撮っています。






こんなに綺麗に紅葉したモミジがありました。






このモミジは上とは違う色に紅葉し始めていました。








身延山(西ルート)登山⑤に続きます。



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身延山(西ルート)登山③(回想) 



(10:53)あまり休んでばかりいられないので、そろそろ頑張って出かけよう。







こんな感じの登山道をただひたすら登ります。

これまで誰にも行きあいませんでした・・・







白い花が咲いていましたが、名前がわかりません。







ただ黙々と登ります・・・


ここで改めて思ったことは、この前東コースを一人で登った時、

余程この西コースを降りてみようかと思いましたが、


「降りなくてよかった~」ということでした。 


こんなに時間がかかるとは思いませんでした・・・

それに一人ではとても不安です・・・







驚いたことにまだトリカブトが咲いていました。







(11:14)標識がありました。

追分の感井坊まで30分とあります。

ここまで駐車場から約2時間かかっています。







ここは林道が通っていますが、通行止めだそうです。

ひたすら参道を歩きます。







木の間から見えているのは鷹取山だと思います。







(11:17)参道です。

ずっとこんな感じの、歩き良い道です。

帰りはロープウェーで降りる予定なので、余裕です。


昼食も奥の院の食堂で食べようと思っています。

食堂はこの前登った時、午後2時30分で終わりだったので、それまでには登らなければなりません。


どんなに遅くてもそれほど時間はかからないでしょう・・・







(11:20)作業小屋の様な建物がありました。







木の緑がとても綺麗です。







一部、紅葉し始めていました。







マムシグサです。

鮮やかな赤色です。

名前がちょっとと、思いますが・・・

マムシグサはこの先何本かありました。







(11:29)小さな滝がありました。







↑クリックで拡大します。


遠くには鷹取山だと思いますが、見えています。

私たちもだいぶ登って来たと思います。

鷹取山が低くなって来ました。







(11:40)また作業小屋が見えて来ました。







ナナカマドの木がありました。

葉っぱは少しだけ赤くなりかかっています。







↑クリックで拡大します。


(11:47)杉の木がたくさん生えている場所に来ました。

遠くから見ると杉の木がこんもりしているので、「追分」かと思いましたが、違いました。







↑クリックで拡大します。


天然記念物 「身延山の千本杉」だそうです。

裏参道を登って来た甲斐がありました。







↑クリックで拡大します。


立派な杉がたくさん生えていました。







休んでばかりいないで、千本杉の間を通りさらに参道を進みます。


一体いつになったら「追分」に着くのだろう・・・ 


地図によると「追分」にある感井坊が中間点と書かれていました。

少し心配になって来ました。







身延山(西ルート)登山④に続きます。


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身延山(西ルート)登山②(回想) 



(9:56)妙石坊の後ろから登ります。

登山道はこんな感じです。







(10:03)標識がありました。







登山道をさらに進みます。

奥の院から下ってくる人はたまにいても、この西ルート(裏参道)を登る人はあまりいないと思います。

とても静かです・・・







↑クリックで拡大します。

大きな杉の木が2本ありました。







(10:15)また標識がありました。







(10:18)すぐ上に松樹庵があると書いてあります。







少し崩れた感じの道を登ります。

でも登山道はよく整備されていました。







木の間から山が見えました。

鷹取山(1036m)だと思います。

鷹取山も登ってみたい気がしますが、私にはとても無理なようです。







遠くの山は紅葉し始めています。







緑のトンネルの中を進みます

ホントは紅葉していれば、と思いますが仕方がありません。







↑クリックで拡大します。


モミジでした。

陽を透かせてとても素敵です。







(10:27)やっと松樹庵に着きました。







↑クリックで拡大します。


当山縁由がありました。

今はだれも住んでいないようです。







遠くに身延山久遠寺と身延町だと思いますが、小さく見えました。

ということは、身延山境内からこの場所も見えるということですよね・・・

今度見てみようと思います。



※身延山久遠寺から見える松樹庵です。

2016年にしだれ桜を撮影に行った時のブログです。






今持っている望遠のカメラで撮ってみました。

身延山久遠寺がよく見えます。







↑クリックで拡大します。


さらにいっぱいの望遠で撮りました。

すごくよく見えます。

エレベーターの駅まで見えます。

びっくりしました!







前後してしまいましたが、これが松樹庵です。







境内にイチョウの木があって、見上げてみたらギンナンがたくさん生っていました。







↑クリックで拡大します。

望遠で撮ってみました。

地面にはたくさんのギンナンが落ちていて、かなりにおいます。

食べるのはおいしいのですが、あまりいい匂いではありません・・・



ここでトイレをお借りしましたが、とても綺麗になっていてさらに水洗でした。

こんな山の上で、よく水洗トイレが出来たと驚きました。

管理されている方に感謝します。








身延山(西ルート)登山③に続きます。


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身延山(西ルート)登山①(回想) 

身延山の西ルートは、東ルートほど歩かれていないようですが、一度歩いてみたいと思っていました。

回想ブログが続きますが、自分でも懐かしいのでもう一度載せてみたいと思います。

東ルートと違い、かなり時間がかかりました。







2009年10月21日(水)


以前から一度登ってみたかった身延山(西ルート)を登ることが出来ました。

このルートは身延山(1153m)の裏参道だそうです。

山頂まで3時間半くらいかかるかと思っていましたが、約4時間かかってしまいました。



最近しばらく登山靴を履かなかったせいか、片方の足に靴ずれが出来てしまいました。

皮がむけてしまった個所は、いまだに私を悩ましています・・・







(9:17)駐車場に着きました。

すでに何台か車が止まっていました。

こんな時間ですが、家を6時半頃出て中央高速道路を走って来ました。







ここから歩きます。







日蓮聖人のお言葉がありました。







お墓とご草庵跡に向かいます。







(9:27)建物が見えました。







先にご草庵跡に向かいます。







ご草庵跡です。







↑クリックで拡大します。


説明がありました。







中の写真も撮らせていただきました。







↑クリックで拡大します。


もう一つ説明がありました。







お墓です。







↑クリックで拡大します。


説明がありました。






小さな橋を渡ってから、いよいよ西ルート登山口を目指します。

橋は身障者用と書かれていたので、写真は撮りませんでした。

けれど元の道に戻っていたら遅くなるので、渡らせていただきました。


道端になっていた木の実です。

名前を忘れてしまいました・・・







この道を進んでいきます。

今日は天気が良くて良かったです。


東ルートは一人で登りましたが、今日は夫と一緒です。

車も通ったのは工事用のトラックと軽トラだけでした。



余裕で歩いていましたが、どこが登山道入り口なのか見つかりません。

誰かに聞こうと思っても、誰も見当たりません。







(9:49)坊が見えました。

ここから登るのかも知れません。







陽を透かしたモミジの葉っぱが綺麗です。







少し紅葉している葉っぱもありました。

全部紅葉したら、ホントに綺麗だと思います。

登山道入り口もわからないのに、よく余裕で写真を撮っていられますよね・・・







↑クリックで拡大します。


高座石です。


ここは妙石坊で、やはりここが登山道入り口でした。

ちょうどお坊さんがいらして、聞くことが出来ました。

良かった~







↑クリックで拡大します。


高座石の説明です。







しめ縄のかかっている大きな石が高座石だと思います。








祖師堂です。

ここでお参りしてから、いよいよ登山開始です。







身延山(西ルート)登山②に続きます。





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笠ヶ岳登山の思い出(2003年)② 



笠ヶ岳山頂の祠です。

今の祠は、播隆上人が建てたものではないそうですが、この前に立つ事が出来てとても感動しました。



杓子平からだいぶ時間がかかったのですが、写真がありません。



写真は一気に笠ヶ岳山頂の祠ですが、

ここまでたどり着くのが実に大変でした!



杓子平を過ぎたあたりで、後ろから一人の男性の登山者が追いつきました。

高齢なようなので、年齢を聞いたら70歳だと言われました。


その方が言うのには笠ヶ岳に登る前に、薬師岳に登ったのだそうです。

そして笠ヶ岳を降りたら、そのまま南アルプスの塩見岳に登るのだと言われました。

どこから来られたのか忘れましたが、遠くからのようです。



遠くから来るので、きっと登るときにはあちこち登るのだと思いますが、

話を聞いてびっくりしました!


私なんか笠ヶ岳へ登るだけで、やっとでした。


すごいおじいさんだなと思いました。


70歳ですよ。

私達と少し話をして、すぐまたガレバを登って行きました。。。





やっと稜線上に出て、ほっとしました。


けれど、笠ヶ岳はまだず~と先でした。

この時の写真も撮って置けばと思いました。



まだあんなに遠いのか・・・



笠ヶ岳は遠かったですね~





有名な抜戸岩も越えているはずですが、写真も撮っていませんでした。

珍しい岩だなと眺めたのは覚えています。


バカだよね~





やっと笠ヶ岳山荘が見えて来て、てっきり登山道だと思って歩いていたら、


遠くから見ていた山小屋のご主人が気づいて、大きな声で呼んでくれました。



「おーい!そっちではない、こっちだよ」


山小屋から200m位手前だったと思いますが、気づいてくれてよかったです。

そのまま歩いて行ったら、迷子になり、遭難したかもしれませんでした。








山小屋の近くから撮影した、朝の槍ヶ岳方面です。

小鑓も見えます。


きっと播隆上人もここから、あの槍ヶ岳を見たことだと思います。







雲海が広がっていました。








左に槍ヶ岳、右に連なるのが穂高連峰です。







朝日が昇って来ました。







雷鳥がいました。

もう、下山をしているのだと思います。


親子なのでしょうか?

遠くに2羽いますね。







振り返って笠ヶ岳です。

この写真を撮影したのは、抜戸岩を過ぎて、ガレバへ下るあたりだと思います。

綺麗な笠の姿をしています。


あの山頂から、ここまで歩いて来ました。

遠い距離です。


まだ今から坂を何時間もくだらなければなりません・・・







槍ヶ岳がシルエットで見えました。







ショウジョウバカマが咲いていました。

もうかなり下の方に下山していると思います。







ピンク色のきれいなユリがまた咲いていました。





やっとの思いで笠新道の登山口まで降りて来ました。

これから車道を駐車場まで1時間くらい歩かなければなりません。


くたくたでへたばるようでした。

道端に座り込んで休んでいたら、事業用の車が通りすぎました。

一般車は入れません。


恨めしかったですね~!


「私も乗せて行って~」と言いたいようでした。


車だったら、すぐ着くのに・・・










この写真は下山してから、新穂高温泉に一泊し、翌日松本駅にある播隆上人像を見に立ち寄った時の写真です。

建立の主旨が書かれていました。




播隆上人像を是非見たかったのです。







播隆上人像です。


この像を見れて本当にうれしかったです



新田次郎氏の「槍ヶ岳開山」読んでとても感動しました。








これで「笠ヶ岳登山の思い出(2003年)」を終わります。


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笠ヶ岳登山の思い出(2003年)① 



上の写真は私たち夫婦が2003年7月15~16日で登った北アルプス「笠ヶ岳」(2897.8m)です。

とても思い出深く、大変な山でした。



この当時はブログを書こうとは思ってもいなかったので、あまり登山道や周りの様子を撮影しませんでした。

今、思うともっとたくさん写真を撮って置けばよかったなと思います。


カメラは当時のコンデジなので、だいぶ画質は悪いと思いますが、私たち夫婦の登山の思い出なので、ブログに残しておこうと思います。



今から約14年も前の登山なので、記憶をたどって載せて行きます。


前日は、新穂高温泉の駐車場で車中泊をしました。





↑笠ヶ岳地図 昭文社




笠ヶ岳山荘ホームページ





2001年に念願だった「槍ヶ岳」に登れましたが、登る前にたまたま新田次郎氏の「槍ヶ岳開山」を読んでとても感動し、

次は播隆上人が「槍ヶ岳」を開山するきっかけになった「笠ヶ岳」にも是非登りたいと思っていました。



播隆上人Wikipedia



「槍ヶ岳」は登るのはとても大変でしたが、「笠ヶ岳」もとても大変でした。

ルートは笠新道を登り、笠新道を降りて来ました。



私たち夫婦は体力がないものですから、新穂高温泉の駐車場から笠ヶ岳山荘まで 11時間15分 もかかりました!


あまりにも大変だったのでなぜか今でも時間を覚えています。



歩く時間が非常に長いので、日の長い時期を選びました。

日が長いのは良かったのですが、今度は山が高いので、上の方ではだいぶ雪渓が残っていました。

これは誤算でした。

何とか雪渓で滑らなくてよかったです。

アイゼンは持って行かなかったような気がします。

初心者ですね~







笠新道の登山口です。

駐車場からここまで、約1時間歩きました。


いよいよここから登ります。








登り始めると、石楠花が咲いていました。







可愛らしいピンクのユリの花が咲いていました。







キヌガサソウだと思います。







この写真は笠新道を登っているときに見えた穂高連峰のジャンダルムではないかと思います。







黄色い花です。

花ばかり夢中で撮っていたようです。


























チングルマがたくさん咲いていました。







コイワカガミとハクサンイチゲだと思います。







花の咲いている登山道です。

ここは平らになっているので、杓子平に着いたのだと思います。

笠新道登山口から杓子平まで5時間以上かかっています。



杓子平に着くとやれやれでした。

けれど、ここからがまだ長いのです!

ガレバが続きます。



ここまで登山者には誰も会っていませんでした。









笠ヶ岳登山の思い出(2003年)②に続きます。





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身延山(東コース)登山⑥終(回想) 



(14:57)ロープウェーを降りて、身延山の境内にやって来ました。

最近出来上がった五重塔です。




身延山久遠寺オフィシャルホームページ






五重塔






祖師堂です。






祖師堂の中で、お経の声が聞こえます。







拡大写真

本堂です。

ここも最近改築されたようです。

とても綺麗になっています。






本堂の入口です。







拡大写真


本堂の中の様子です。






天井に書かれていた龍の絵です。






境内の様子です。

この日は何か行事があったらしく、お坊さんがたくさんおられました。






鐘突き堂と水屋です。







拡大写真


もう一度、境内の様子です。








これで「身延山(東コース)登山」を終わります。

ご覧いただきありがとうございました。

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身延山(東コース)登山⑤(回想) 



(13:15)「思親閣」の山門に着きました。






「思親閣」です。






境内にあった仏様です。






(13:24)すぐ近くの展望台にやって来ました。

ここが身延山山頂です。






緑の木の先の、山の白い部分が七面山のナナイタガレです。








拡大写真


山の名前が書いてありましたが、雲が出ていて遠くの山がよく見えませんでした。






山の名前と合わせてみましたが、やはりよくわかりませんでした。

近くの人が、北岳を見たかったのに見えないと言っていました。






山のふもとに見える家並みは早川町だそうです。






早川町を望遠で撮ってみました。






七面山のほうに小さな屋根が見えます。

この屋根はどこの建物か気になりました・・・







拡大写真


今持っているカメラで、いっぱいの望遠で撮ってみました。


もしかしたら七面山「敬慎院」の展望台にある「随身門」の屋根なんじゃないかと思います。

ウァ~、すごい~



あそこから、2001年の春分の日にダイヤモンド富士を撮りました。

とても思い出のある場所です。






展望台から降りて来ました。

もう一度中に入って、お札を買ってから食事をしようと思います。







拡大写真


案内が書いてありました。






(13:54)ここに五十丁の印がありました






ロープウェーの駅のそばの展望台から、富士山を撮りました。

残念ながら、富士山は雲がかかってよく見えませんでした!






(14:40)帰りはロープウェーで降ります。

ロープウェーの中から撮りました。






登って来た尾根が見えます。






三光堂からの尾根です。

登るのは大変だったけれど、ロープウェーだと7分くらいで降りました・・・








身延山(東コース)登山⑥に続きます。

次は身延山境内に寄って行きます。


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身延山(東コース)登山④(回想) 



(12:51)四十四丁です。

以前桜の咲くころ登りましたが、ここは雪が残っていて登るのに滑って大変でした。

下では桜が咲いているのに、とても想像が出来ないようでした!

きっとあの年は、雪が多かったのだと思います。






(12:58)参道に光がさして来ました。

今までずっと高い木立の中を一人で歩いてきたので、ホッとしました。






太い木の幹です。

苔が生えていました。






アップで撮ってみました。






(13:02)やっと奥の院の建物が見えて来ました!


もうすぐです。頑張れ! 頑張れ!





(13:03)四十八丁です。

あとわずかです!






(13:06)いよいよ着きました!

ホッとしました。






(13:07)真中の山の小さく赤く見える屋根が三光堂です。

よく登ってきたな~と思います。

三光堂から、約1時間15分くらいかかりました。

下から2時間40分くらいかかりました。

(これは、ちょっと時間がかかりすぎましたね・・・私としてもショックです!)






三光堂を望遠で撮ってみました。






下がとてもよく見えます。






黄色の建物はスーパーだと思います。






川が流れているようです。






開基堂です。






日蓮聖人の像です。

ここまで来ると、ロープウェーで上がってきた参拝者がたくさんいました。






身延山山頂1153メートルとあります。

横の階段を登って「思親閣」に行ってみます。






日蓮聖人お手植えの杉です。






とても大きな杉の木です。







身延山(東コース)登山⑤に続きます。

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七面山からのダイヤモンド富士~思い出の登山(2001年) 

今から16年も前の写真になります。

ダイヤモンド富士を撮影するために、夜中に七面山に登りました。





↑七面山地図



その当時はダイヤモンド富士の知識は全くありませんでした。


ただ七面山から、お彼岸のお中日には富士山の山頂から太陽が昇るというのを、七面山に登っている時に、信者の方から聞いたのがきっかけでした。


富士山頂から太陽が昇るのはダイヤモンド富士と言われています。


「ダイヤモンド富士」是非見たかったです!



その後、ダイヤモンド富士は山中湖などでも、撮影できるのが分かりましたが、

七面山からの朝昇るダイヤモンド富士は、そうそう簡単には撮影できません。



ダイヤモンド富士を撮影したい!


その一心で登った登山の思い出です。



ダイヤモンド富士は気象条件がすべて合わなくては撮影できません。

カメラの操作もよく分からなく、いきなり登った大変だった夜中の登山。

その時のカメラは、ペンタックスの一眼レフでしたが、フィルムのカメラでした。

三脚と一眼レフカメラ、夫がザックに入れて背負って登ってくれました。



けれど本当に運よく富士山の山頂から太陽が昇ってくれました。



神様と日蓮聖人と、、、夫に感謝です。













↑クリックすると拡大します。


2001年3月20日(春分の日)

この日は私たち夫婦の思い出の日になりました。

前日の夜中から七面山(1989m)に登り始めて、

やっと早朝、この「ダイヤモンド富士」の写真が撮れたからです。



七面山(1989m)は人が登るのには、ロープウェーも、ケーブルカーもありません。

昼間の登山では、何度か登りましたが、4時間くらいかかります。



この山はかって登山中に、日蓮宗の信者の方から、

春の彼岸と秋の彼岸のお中日には、「ダイヤモンド富士」が見られると聞きました。

是非、七面山からの「ダイヤモンド富士」を撮りたいと思い、夫と二人で登ることにしました。



夜中の12時頃から登り始めて、やっと日の出に間に合いました。

途中で、私が具合が悪くなり、一度は引き返そうかとも思いました。



けれど、下から何人かやはり「ダイヤモンド富士」の写真を撮る人が来て、

今年は8年ぶりに「ダイヤモンド富士」が見られると話してくれました。



天気やその他の条件が合わなければ、「ダイヤモンド富士」にはなりません。


やっとご来光場に着いた時には、人がいっぱいで、三脚は離れた場所に立てるしかありませんでした。

けれど今、写真を見ると、ちょうどいい場所だったと思いました。



春の彼岸なのに、すごい雪でした。

人の歩かない場所は50センチ位は積もっていたと思います。








日の出からの感動の瞬間を順次写真に載せてみました。





富士山の後ろがうっすらと明るくなりました。







いよいよ太陽が顔を出しそうです。

感動の瞬間が始まろうとしています!







太陽が見え始めました!

私も興奮して、胸がドキドキと鼓動を打ち始めました!









たくさんのアマチュアカメラマンはしきりにシャッターを押し、

また、日蓮宗の信者の団体が「バンザイ!」と叫ぶ声が聞こえました。



素晴らしい瞬間でした。

この感動は忘れられません。


七面山に登ることさえ大変なのに、「ダイヤモンド富士」を見ることが出来ました。

とても今では、このような山行は出来ません。

それにもし登れても、このような素晴らしい「ダイヤモンド富士」を見ることは難しいと思います。



とても懐かしい思い出になりました!


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身延山(東コース)登山③(回想) 



(11:51)ここからは車両通行止めになっています。







陽を透かしたモミジが綺麗です。







周辺にはヒノキが植えられています。







(12:02)ちょうどこのあたりで、いきなり右から左に蛇が登山道を横切りました。

長さは1メートル位で、茶色の蛇でした。

ギョッとして一瞬足が震えそうになりました。

それでも蛇は道下に入ったので、気を取り直して歩きました。

あぁ~怖かった。







こんな感じの登山道です。







上から中年の男性が3人降りて来ました。

たぶん登りをロープウェーで登って、下りだけ歩きだと思います。

行きあった登山者は他にはいませんでした。







(12:19)三十六丁です。

七面山(1989m)には何回か登りましたが、それよりず~と楽です。

七面山で三十六丁まで登るのには、とても大変です。

あと十四丁だ、頑張ろう!







(12:35)法明坊の建物が見えて来ました!







(12:36)日朗上人の由来の井戸がありました。








拡大写真

日朗上人の由来の井戸の説明です。







法明坊です。







休憩所もありました。

ここまで来ればあとわずかだと思います。

サ~!頑張って出かけよう。







マムシグサです。

そのうちに実が真っ赤になります。







静かな登山道です。

陽の光もあまり入りません。

歩いているのは、私一人です。







(12:42)ずいぶん古い建物がありました。







身延山上の山・東照宮とありました。

私の家でも「上の山」という場所があるので、なぜか親しみを感じました。








身延山(東コース)④に続きます。

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身延山(東コース)登山②(回想) 



先を歩いているのが、兵庫県から来たという親子連れです。

やはり奥の院まで歩いて登るそうです。

ずいぶん遠くから来られましたね~!






周りは杉の木が植えてあります。






この白い小さなかわいい花が、あちこちに咲いていました。






ツリフネソウも咲いていました。






(11:28)廿三丁に来ました。

シャガの葉っぱがとてもたくさんあります。

花が咲けばホントに見事だと思います。






(11:33)やっと大光坊に着きました。

ここまで1時間10分かかりました。






庭に池がありました。






大黒堂です。






拡大写真

由来の説明です。






大光坊の中の様子です。






驚いたことに、庭にはまだツツジが少し咲いていました。






今から登る奥の院のロープウェイの駅が見えます。

あそこまで登らなければなりません。






釈尊像がありました。







拡大写真

由来が書いてありました。






三光堂です。







拡大写真

三光堂の由来です。







身延山(東コース)③に続きます。

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身延山(東コース)登山①(回想) 

身延山の東コースを登った時のブログです。

私のブログの中で、割と検索が多いものです。

きっと登ってみたい人がいるのだと思います。

少しでも参考になればいいなと思っています。


思えば今から8年も前の登山です。

この時は一人で登りました。

よく頑張ったなと思います。


今ではとても登れないだろうと思います。







2009年9月11日(金)

身延山(東コース)を登りました。

このコースは、本堂わきの参道を奥の院まで登るコースで、2時間30分と書かれています。

この参道は以前に3回程登りました。

参道なので道はよく整備されていて、帰りにはロープウェーで降りればいいのでとても楽なハイキングコースだと思います。



身延山地図




(10:17)駐車場からは本堂近くまで、最近エレベーターが出来ました。






エレベーターの中から撮りました。






(10:23)ここから登ります。

今日は夫は仕事なので、私が一人で登ります。

最近山に登っていないのでちょっと心配ですが、前にも登ったことがあるので頑張って登ってみます。

では、出発します。









拡大写真

案内板がありました。






私の前を、やはり中高年と思われる夫婦の登山者が登って行きました。

後で分かりましたが、どうもこのご夫婦は下山はロープウェーを使わずに西コースを降りたようです。

私も西コースは登ったことも、降りたこともないので、いつか歩いてみたいと思いました。







(10:28)登り始めてすぐのお堂です。






(10:33)十丁に着きました。






ここには鬼子母神堂がありました。






階段を登ってみます。









鬼子母神が祭ってありました。






(10:52)丈六堂に着きました。

この右上の建物の前に行くと、中で何人かの人の話し声が聞こえて来ました。

私が来たのが分かると、「お休みください」と言っているようでした。

けれどとても中に入る勇気はないので、外でお参りだけして出かけました。



後で分かったことですが、この時中にいたのは兵庫県から来られたというお母さんと娘さんの親子連れと尼さんだったようです。







釈尊堂の前の写真です。

ここでお参りをしてから写真を撮っていると、さっき話し声のしていた尼さんと親子連れがやって来ました。






尼さんがお堂の扉を開けて中を案内してくれました。


      釈迦牟尼佛  身延山・丈六堂

      寛永二十年(1643年)建立







その時の尼さんです。

とても優しい感じの方でした。

お願いして写真を撮らせていただきました。

お守りもいただきました。

私はこの尼さんに行きあえただけで、今日登って来た甲斐があったような気がして、とてもうれしくなりました。






(11:12)また出発です。

登山道にはシャガがたくさんありました。

春に花が咲くと綺麗だろうな~と思いました。

シャガの花の咲いた時も見たいと思いました。






身延山(東コース)登山②に続きます。

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恵林寺(武田信玄公菩提寺)~甲州市②(回想) 



武田不動尊です。

信玄31歳 等身大の不動明王だそうです。







↑クリックで拡大します。

望遠で撮りました。







説明がありました。






信玄公墓所です。







↑クリックで拡大します。

団体さんは先に行ったので、今は私一人です。

とても静かです。。。








↑クリックで拡大します。

お墓の説明がありました。







お墓の側に立っている、とても大きな杉木立です。








これから夢想国師築庭の庭園に行ってみます。







↑クリックで拡大します。

国指定名勝 恵林寺庭園だそうです。







↑クリックで拡大します。

庭園は池泉回遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)だそうです。






↑クリックで拡大します。








これで「恵林寺(武田信玄公菩提寺)~甲州市」を終わります。

ご覧いただきありがとうございました。

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恵林寺(武田信玄公菩提寺)~甲州市①(回想) 

NHK大河ドラマ「武田信玄」が終盤に近づいています。

信玄公の菩提寺である恵林寺に行った時のブログです。




2011年7月25日(月)

甲州市塩山にある恵林寺(えりんじ)に行って来ました。

恵林寺は武田信玄公の菩提寺になっています。


住所 山梨県甲州市塩山小屋敷


恵林寺地図




↑クリックで拡大します。

国重要文化財 四脚門です。






四脚門の説明がありました。






今日は今のところあまり観光客が来ていなくて静かです。

けれど、そのうちに団体さんがやって来ました。







↑クリックで拡大します。

恵林寺の説明が書かれていました。






境内を歩いていると、松の木に小鳥が止まっていました。

どうもキジバトのようです。







↑クリックで拡大します。

県文化財 三門です。




安 禅 不 必 須 山 水 (あんぜん かならずしも さんすいをもちいず)  

滅 却 心 頭 火 自 涼 (しんとう めっきゃくすれば ひもおのずからすずし)




天正十年(1582)快川和尚(かいせんおしょう)、壮絶な火定(かじょう)を遂げた際の一句


武田氏を滅ぼした織田軍は恵林寺に押し寄せ、潜伏保護されていた者たちを引き渡すよう快川和尚に命じたが拒否され、怒った信長が三門に快川和尚はじめ約百人の僧侶らを封じ込め火を放った。


※パンフレットより


織田信長の武田への攻め方は、すさまじいものがあったようです。

それだけ武田が怖かったのだと思います。







↑クリックで拡大します。

二つの門の説明がありました。







↑クリックで拡大します。

本堂です。






境内の様子です。







↑クリックで拡大します。

武田信玄公訓書が書かれていました。




「軍勝は5分を以て上となし、7分を中となし、十分を以て下となす。」




五分の勝ちは励みを生じ、

七分の勝ちは怠けを生じ、

十分はおごりを生ずるので、次には必ず敗れる

戦に限らず世の中の事は、この心がけが肝要なり


と言う意味の事が書かれているのだと思います。


この信玄公の訓言は、実に身に染みるような気がします。。。






拝観料を支払って中を見せてもらいました。

拝観料は300円でした。

入ってすぐの所に飾ってあった屏風です






庭園です。

後ろから何人も団体さんが来ました。

騒々しいです。












写真を撮ったりいろいろ話をしています。

私は後から行く事にしました。









恵林寺(武田信玄公菩提寺)~甲州市②に続きます。


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松姫さまのお寺・信松院~八王子市②(回想) 



松姫さまのお墓に行ってみます。




ここがお墓です。




お墓の横には松が植えてありました。





↑クリックで拡大します。

松姫さまとお墓の説明がありました。





↑クリックで拡大します。

地図が書かれていました。





↑クリックで拡大します。





観音堂地階には、八王子七福神めぐりの布袋尊が安置されていました。




布袋様をアップで撮りました。

布袋様の大きなお腹をさすると福徳を授かると書かれていました。




境内にあった稲荷神社です。




神社の前には池がありました。







信松院で買って来た絵ハガキです。

いい言葉ですね。







松姫さまが甲斐の国を脱出して武蔵の国の八王子までの経路


☆新府城を出発

 天正10年(1582年)2月4日頃
 
 警護の者など十数名 松姫さま21才

 幼い姫三名を連れています。


☆古府中のつつじヶ崎館(武田神社)で一泊


☆翌日石和を経て、そこから東に進み、栗原郷(山梨市上栗原)の開桃寺に身を寄せる。


☆開桃寺から北に向かい、塩山上於曽の向嶽寺に身を寄せる。


☆勝頼主従が田野で討たれ、武田が滅亡した後10日程経った頃、向嶽寺を出て南に下り、甲州街道に沿うような形で、笹子峠に向かう。
峠を越えたところで一泊。


☆都留郡内領主の小山田信繁を考慮して、岩殿山の裏側(北側)の急峻な山里に入り、野宿同然の泊まりを重ねながら上野原に抜ける。


☆上野原から相模の国(神奈川県)との境を北上。
那須部から相模の下岩を経て、陣馬山麓の案下峠(和田峠)を越え、武蔵の国に入る。


☆3月21日に上恩方(八王子市恩方町)の「金照庵」に身を寄せる。


☆「金照庵」で約半年ほど過ごし、そこから一里半ほど(約6km)下った下恩方の「心源院」という曹洞宗のお寺に身を寄せる。

ここで仏門に入り、約八年間の禅の修行を積む。


☆御所水の里(八王子市台町)へ粗末な家を建て移り住む。

その後武田の旧臣から寄進された立派な草庵(現・信松院)で生涯を閉じる。



※松姫さまは甲斐の新府城を出立する時には、実兄・仁科盛信の姫「お督」と義兄・勝頼の姫「お貞」、

それに人質として預かっていた、都留郡内の領主・小山田信繁の姫「香具」を連れていました。

いずれも三・四歳の幼い姫ばかりでした。



松姫さまの逃避行のルートとして、他の説には、向嶽寺から先は大菩薩峠を経て、稜線「牛の寝通り」を東に向かい、今の松姫峠を過ぎて、その先の佐野峠から西原(上野原市西原)へ抜けたというものもあります。

確かに地図を眺めると、塩山の向嶽寺から武蔵の国を目指すには、この大菩薩峠越えの方が自然だと思えますが、春まだ早い千メートルを超える稜線を、幼い姫三人を連れての旅は無理があったのではないでしょうか。



※資料は従姉から送って貰ったものから抜粋しました。



 歴史さんぽ

武田信玄息女 松姫さま


山梨ことぶき勧学院・大学院作成




とても丁寧に書かれていました。ありがとうございます。







これで「松姫さまのお寺・信松院~八王子市」を終わります。

ご覧いただきありがとうございます。

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松姫さまのお寺・信松院~八王子市①(回想) 

武田信玄公息女、松姫さまの記事を過去のブログから探してみました。



信松尼(松姫

Wikipediaより



2012年、1月29日(日)

八王子に用事があったので、以前から行ってみたかった信松院によって見ました。

信松院は武田信玄公息女の菩提寺です。

武田家が滅びた時に甲斐からこの八王子に逃れて来たそうです。





(11:09) 東京方面に向かって、左側に駐車場がありました。

ここにお寺があるのは、先日の地震の日の法事で、八王子から来ていた従姉のご主人に聞きました。

地震の日に、なんで法事がとか、ブログを見てくださる皆さまに愚痴を言ってしまいましたが、私にとってはいい事もありました。

この愚痴は法事の席上ではもちろん言いませんでした。。。


大月市には松姫峠があります。

甲斐から逃れて来た松姫さまが通ったと言われています。

私としては、松姫さまがどこからどのようにして八王子に逃れたのか以前からとても興味がありました。


この逃れたルートですが、もう一人の私の従姉が言うのには、知り合いがこの歴史を研究しているので、後でそのレポートを送ってくれると話してくれました。

良かったです♪

おばさんの法事、かなり収穫がありました。


あまり地震の文句ばかりも言えませんでした。


信松院地図




入り口です。




武田の家紋が付いていました。

八王子で武田の家紋を見て、なんだか嬉しくなってしまいました。




境内に入ってみます。




手洗い水です。




↑クリックで拡大します。

説明が書かれていました。







御所水観音 観音堂です。




少しづつ望遠で撮ってみました。




屋根にも武田菱が付いています。




↑クリックで拡大します。

観音堂と舎利殿の説明がありました。




屋根の上の金の龍です。






…松姫さまは、武田一族の菩提を弔われる仏道精進の毎日でありましたが、その傍らには糸を紡ぎ、絹を織られたりして織物の技を里人に伝えられます。

又、近隣の子供たちには手習いを教えられたりして、土地の人々から大変に慕われ敬われて平和な日々を送られます。

この時に松姫さまが伝えられた織物が、後世八王子織物として発展していく事となったのです。


※パンフレットの一部を抜粋しました。






松姫さまのお寺・信松院~八王子市②に続きます。


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近所に咲いていた春の花 



(14:09)

2017年3月9日(木)

今日は朝から良い天気でした。

家の周りに咲いていた花を撮ってみました。


↑鉢植えのサンシュユです。

つぼみが開き始めました。







近所の畑の隅に植えてある紅梅です。

ちょうどおじさんが畑仕事をしていました。


「きれいな梅の花ですね」と言うと、

「盆栽を植えたのだよ」と言われました。


盆栽だったとは思えないほど大きくなっていました。

名前は知らないそうです。













これはまた近所の庭に植えてある豊後梅です。

この家のKさんが出て来て、一緒に話をしながら撮影しました。


ついでに畑に植えてあるほうれん草ももらって来ました。






Kさんの庭に咲きだしたクロッカスです。

アヤメのようなきれいな色でした。







畑に咲いていた雑草、ではなくホトケノザです。







オオイヌノフグリも咲きだしました。



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芦ノ湖・箱根スカイラインからの富士山③終 



三国峠に着きました。

ここからも富士山がきれいに見えました。












駿河湾も見えます。







箱根スカイラインの車が停められる場所から撮影した富士山です。







立木がいい感じで右側に入っていました。







(15:58)

今日は一日中ずっと富士山がきれいに見えました。(2017年2月21日)

こんな日は珍しいです。

綺麗な富士山が見えてうれしかったです。








これで「芦ノ湖・箱根スカイラインからの富士山」を終わります。

ご覧いただきありがとうございます。




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芦ノ湖・箱根スカイラインからの富士山② 



杓子(しゃくし)峠に来ました。

ここでもきれいに富士山が見えました。

























やはり車を停めて記念撮影をしている人たちです。









芦ノ湖・箱根スカイラインからの富士山③終に続きます。




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大河ドラマ「武田信玄」 





今、好きな時代劇番組は、BSプレミアムで日曜日午後12時に再放送している大河ドラマ「武田信玄」です。

もう、あと少しで終わりになります。



やっと京に上れる頃、病が信玄の体を襲って来ました。

悔しさはいかばかりだろうかと思いました。

信州駒場で亡くなるそうです。




オープニングの音楽と、炎をバックにした、武田の騎馬隊が走る場面が好きです。

中井貴一さんの信玄公、とてもよく似合っていると思います。


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芦ノ湖・箱根スカイラインからの富士山① 



(15:22)

2017年2月21日(火)

小田原城からの帰り、芦ノ湖スカイラインと箱根スカイラインを通って帰宅しました。

どちらのスカイラインからもきれいな富士山が見えました。



↑上に登れば富士山と駿河湾と芦ノ湖が見えると書かれていたので、登ってみます。







綺麗な富士山が見えました。

今日は天気がよく、一日中富士山が見えていました。







駿河湾です。







もう一度富士山です。







箱根の芦ノ湖もきれいに見えました。

水の色が青くてきれいです。







300mmの望遠で撮影しました。

画面中央に赤く見えるのが箱根神社の鳥居です。







下に降りて来ました。

かわいい山羊がいました。








芦ノ湖・箱根スカイラインからの富士山②に続きます。




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小田原城~神奈川県④終 



刀剣が飾ってありました。







刀剣です。












花鳥図です。

↑の説明が書かれていました。






一番上に来ました。

外が見えます。

遠くに駿河湾が見えます。

















真鶴、伊豆半島方面です。












三浦半島方面です。








これで「小田原城~神奈川県」を終わります。

ご覧いただきありがとうございます。




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小田原城~神奈川県③ 



時代の衣装を来た若い二人に写真を撮らせてもらいました。

衣装を貸してくれるのだそうです。







これから天守閣に登ってみます。


入場券は500円です。







天守閣です。







初代 北条早雲。







二代 北条氏綱。







三代 北条氏康。







武田と北条と今川が三国同盟を結んだ時の婚姻相関図です。







四代 北条氏政。




















小田原城~神奈川県④終に続きます。




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小田原城~神奈川県② 



お城の庭に入って来ました。

珍しい古い木が生えています。







名前が書かれていました。

小田原城跡のビャクシンだそうです。












小田原城と小田原合戦攻防図が書かれていました。













説明の部分を拡大しました。







時代の衣装を来た人がいました。







天守閣です。







小田原城案内図がありました。








小田原城~神奈川県③に続きます。

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