まい ふぉと ぶろぐ

主に富士山、風景、身近な花などの写真ブログです。

「雁の群れ」と「雁ヶ腹摺山」 



↑雪が降った後の雁ヶ腹摺山です。

標高は1,874mです。





↑散歩道からの雁ヶ腹摺山です。

一番奥の山がそうです。






朝起きて雨戸を開け、まず見るのが遠くに見える雁ヶ腹摺山である。

天気が良ければあの堂々とした立派な山体が見える。

山頂に朝日が当たったばかりの時が一番きれいだと思う。



幼いころ、今は亡き父が話してくれた。

「あの山は雁が腹を摺るほど高いので、『雁ヶ腹摺山』という名前になったのだ」と。

空を飛ぶ「雁の群れ」は子どもの頃一度だけ見た記憶がある。

「へ」の字の形になって高い空を飛んでいった。


父はよく雁ヶ腹摺山の話をした。

あのころは雁が腹摺山へ登るには今のような車の入る林道もなくてとても簡単には登れなかったと思う。

父とは登れなかったが、結婚してから家族と何度か登った。

私の好きな山である。



先日高台に登り、ふと空を見上げたら上空を「雁の群れ」が飛んでいた。

子どもの時見たままである。

とても懐かしくて感動した。

「へ」の字の形になり、東に向かって飛んでいった。

カラスやスズメの飛ぶ高さではない。

ずっと高い。


今はあまり見ることは出来ないが、昔はきっとたくさんの「雁の群れ」が空を飛んでいったのではないかと思う。


幼いころの父の話を思い出し、なぜか幸せな気分になった。


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「グンナイ」で思い出すこと(回想) 

2016年6月25日に書いたブログです。









グンナイフウロ







グンナイフウロ



↑の写真はブログでお知り合いのブラットジィさんからお借りしたグンナイフウロの写真です。

別山登山で撮影されたようです。


ブラットジィさんのブログは綺麗なお写真がたくさん載っています。







↑は主婦の友社発行  「高山の植物」からのタカネグンナイフウロの写真です。




グンナイフウロWikipedia





グンナイフウロの花の名前は知っていたのですが、名前の由来は最近知りました。

グンナイというのは山梨県の郡内(ぐんない)地方で見つかったフウロなのでその名前が付いたようです。



私の住んでいるのは今は郡内とは言いませんが、昔は郡内と呼んでいたようです。


南都留郡、北都留郡です。

私の住んでいる地域は北都留郡になります。


逆に甲府の方を国中と呼んでいたようです。



グンナイフウロの名前の由来を知って、なぜかうれしくなりました。








もう一つ郡内での思い出があります。


私がまだ19~20歳で甲府の短大に通っていた時のことです。

もう40年以上も前になります。



当時短大のお友達を家に二人だったと思いますが、遊びに連れて来た時のことです。

お友達はどちらも県外の方でした。

甲府でそれぞれ一人暮らしをしていました。


甲府から一緒に電車に乗って家に来る時のことでした。

当時は列車で、座る席は向かい合った座席でした。



私たちの前にたぶん50代半ばくらいのおじさんが乗っていました。

そのおじさんが私たちにどこに行くのか話しかけたのだと思います。

ちょっと小太りな優しそうな男性でした。



今の時代は電車内で話しかけることはあまりないと思いますが、当時はそれほどおかしくありませんでした。

私が大月に住んでいて、友達を家に遊びに連れていくと言ったのだと思います。




おじさん曰く、


「私が子供の頃、何か悪いことをすると、親に郡内にやっちまうぞと言われて、よく泣いたものだ」と、別に悪気もない感じで言いました。



私は内心びっくりしましたねぇ。



その当時、私たちは今住んでいる地域を普段郡内とは言っていませんでしたが、もっと昔の言い方では郡内と呼び、郡内に大月も入っていたようです。



私は思いました。


いったい郡内ってどんな怖いところだよ。

そんなに田舎で鬼でも住んでいるところなのかよ。


全く失礼ではないか。



昔、郡内に対して甲府の近くを国中と呼んでいたようです。


国中で育ったそのおじさんは、きっと国中がよほど良いところだと教えられていたのでしょうね。



聞いた時、それほど腹は立ちませんでしたが、びっくりしたことは忘れられません。



おじさんに言いたいですが、私は甲府は好きですし、甲府の学校に通いましたが、ほとんどの人は東京方面にへ行っていましたよ。


実は私の住んでいるところは東京に行く方が近いのです。



よほどおじさんの住んでいた国中地方の人は、郡内は田舎で化け物でも出るところだと教わって育ったんでしょね。




もう40年以上前の話ですが・・・
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「ドクトルジバゴ」を見て 

2021年1月28日bsプレミアムで「「ドクトルジバゴ」を放送した。



この映画は1965年の映画で、映画では見なかったと思うけれど、何年か経って多分DVDで見たはずだった。

ロシア革命の時の映画で、今ではあまり内容を思い出せなかった。


気になった映画だったので、録画して撮っておいた。

時間は3時間21分、長い。



ユーリ役のオマーシャリフはアメリカ人かと思っていたが、エジプト人らしい。

意外だった。



ウィキペディア 「ドクトル・ジバゴ1965年の映画」



広大なロシアの風景が出てきた。

ユーリ役のオマーシャリフがとても印象的だった。

大まかな内容は大体わかったが、細かく理解できなかった。

そのうちもう一度みようかなと思う。



「ラーラのテーマ」が若いころから好きだった。

壮大なドラマだなぁと思う。


ユーチューブから載せてみる。











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「生きていれば何とかなるんだよ」〝半沢直樹〟最終回で上戸彩が吐いたセリフが話題 





27日に放送された人気ドラマ「半沢直樹」(TBS系)最終話で、上戸彩演じる花が夫の半沢にかけた言葉が「自殺する芸能人に聞かせてあげたい」と共感を呼んだ。


 最終話は、航空会社の再建に奔走する銀行員の半沢(堺雅人)が、空港建設に絡む与党幹事長への不透明な融資を追及するも、返り討ちに遭う絶体絶命の危機に直面する状況で始まった。


 幹事長や自行役員らの逆鱗に触れる形となった半沢に帰宅後、銀行側から人事異動を示唆する電話が。異変を察した花は半沢と向き合った。


「出向どころじゃすまない」と謝る半沢に「だったら、いっそのこと辞めちゃえば」。畳みかけるように「銀行員だけが仕事じゃない」「もう頑張らなくていいよ。今までもう十分すぎるぐらい頑張った」「ボロボロになるまで戦って必死に尽くしてきた銀行に、それでも『お前なんかもういらない』って言われるならこっちから辞表を叩きつけてやんなさいよ」と続けた。


「辞表か」とため息をつく半沢に抱き着いた花がさらに「仕事なんかなくなったって、生きていれば何とかなる。生きていれば、何とかね」と元気づけると、「うん」と半沢はうなずいた。


 このシーンにネット上では、最近相次ぐ芸能人の自殺を念頭に「花ちゃんの言葉を聞かせてあげたかった」「生きていればなんとかなるんだよ、絶対にその通り」「花ちゃんのセリフが今の社会に一番訴えたいことだろうね」といったコメントが相次ぎ、多くの視聴者が花のセリフに心を揺さぶられた様子をうかがわせた。


 地位とカネが絡む闘争が前面に出る同ドラマでは「やられたら、やり返す」など殺伐としたセリフが少なくない。最終話で聞かれた夫に対する妻の“癒やし”は、世の中へのメッセージにもなったようだ。






「生きていれば何とかなるんだよ」花ちゃんの言った言葉に感動しました。

ほんとだよね~

花ちゃんってすごい奥さんだよね。



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シドニィ・シェルダン作 「天使の自立」上下を読み終わる 



2020年7月21日

かなり前から読んでいたシドニィ・シェルダン作 「天使の自立」を読み終わった。

まだコロナが騒がれない頃、ブックオフで見つけて棚に積んでおいた。


大夫読むのに時間がかかってしまったが、読み終わったのでほっとした。


主人公はジェニファー・パーカーという名前の若い女性の弁護士だ。

下積みからかなりやり手の弁護士にのし上がった。


のちに大統領になるアダム・ワーナーの愛人になり、分かれてから息子が生まれる。

その後マヒィアのボスのマイケル・モレッティの愛人になり、そのマヒィア関係の弁護をするようになる。


最後はどちらからも離れ、本来の生まれた小さな田舎の弁護士になる。



法曹界の物語だが、面白かった。
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